前の説明からわかるように、体育は四時間目であり、次は給食だ。
体操服から制服にさっと着替えた僕は、白い前掛けを手にしてそそくさと教室を出た。


35人分の白御飯が入っている容器を、一人で抱えて教室へ戻ってくると、
クラスのほとんどの人間が、なにやらと騒いでいる雑音が自然と耳に入った。
「おい、いい加減白状したらどうだ?」
「そんな……僕はやってない!」
変に目を細くし、問いただしているのは、運動得意なスポーツ少年藤野で、
その目の先にいるのは、気弱な読書少年、谷村だった。
教室にいる殆どの人間が野次馬らしく、輪っかをつくって罵声を飛ばし、
その中心で責められている谷村に、輪の一部と化している藤野が叫んでいた。
「お前が盗ったんだろ!?」
「だから、僕はそんなことしないよ!僕はただトイレに……」
「トイレに教室の鍵を持ったまま行く奴がいるか?」
少し音量を落とした藤野の声が、谷村をさらに落ち込ませた。
「それは……理由が…」
「どんな理由だよ」
「うう……」
谷村の顔に、より鮮明な蒼白さが増していくと、その顔を見た周りの人間は、なおさら非難の視線を谷村に浴びせていく。
うーん…これだけだとうまく状況を把握できないなぁ。
僕は、輪の中に入っていないまま、近くの壁によしかかっている信を見つけた。
「ここで何が起きてるの?」
信は軽く溜息をつき、
「何でも、中鵑虜睇曚、体育の間になくなったんだってさ」
僕は、藤野の隣でたたずむ中鵑北椶魄椶掘必死に弁解している谷村を見ながら、
「谷村が責められてる理由は?」
「体育の時間中、谷村に不審な動きがあったから、財布を盗んだ犯人として目をつけられてるんだと」
「ふーん……」
容疑者を通り越して、いきなり犯人扱い、か。
ま、盗まれたのが財布なら、必死になるのもあたりまえかな。
でも……被害者の中鵑呂△泙蠱ってないし、この輪の中で一番必死になってるのは藤野だ。
藤野も何か困ってることでもあるのか?
「あ、一!」
鈴と尚が、傍観者として参加していた野次馬の輪っかから抜け出して、パタパタ駆け寄ってきた。
今度は鈴と尚に訊いてみることにする。
「谷村が疑われてるみたいだけど、何か根拠はあるわけ?」
逸早く口を開けたのは、鈴だ。
「谷村は教室の鍵当番だから、四時間目が始まる前、谷村は鍵を閉めるために最後に出て行くよね。
 誰もいない教室なら簡単に盗める、ってこと」
一気に喋った鈴は、一度息継ぎをして、
「もう一つ。藤野の話だと、教室の鍵はいつも先生に預けることになってるでしょ?
 それなのに、今日は体育の上野先生に鍵を預けないまま、鍵を持って校舎の方へ向かって行ったんだって。
 10分くらい経ってから戻ってきたみたい」
「二つの理由があるから、皆は谷村が犯人って思ってるわけ?」
「そういうことっぽいよ」
谷村には、アリバイがないわけね。
「何で鍵を預けなかったんだろ…」
鈴がぼそっとつぶやいた。どうやら、鈴も少し興味があるらしいな。
僕も興味を持って信たちに聞いてみてるけど、これじゃ周りにいる野次馬と同等だな、と頭の隅で自分を非難してるのに気がついた。
でも人間というものは、何でも興味を持ちたがるものさ。非難も何もしてないのならいいだろう。情報を探るのもまた楽しいんだよ。
その興味を持ちたがる僕の脳細胞が、あることを思い出した。
「そういえば、谷村と中鵑辰萄F見学してたよね?」
「あ、確かに見学してました」
今度は尚が答えた。
「それと、藤野さんも見学でしたよ」
「藤野も?」
「はい」
見学してたっけ?
「理由が確か、中鵑和の骨折、谷村は喘息で……」
「藤野さんは気分が悪かったみたいです。顔が青ざめてましたし」
何でそこまで気が回るのだろうか。僕のそのころは、ひどい記録のことで頭がいっぱいだった。
……何だか、自分が情けなくなってきたよ。

惨めな気持ちを受け止めながらも、僕は話が通らず今にも泣きそうな谷村や、その周りを固める人の塊を眺め、
自分がこんな目にあったときのことを想像したとたん、あまりの恐ろしさでブルッと小さな身震いを起こした。


  

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