この一時の「谷村を犯人と決め付けてさっさと財布出せコノヤローパニック」は、
僕が挑戦を受け入れた直前に、担任の有山先生が教室に入ってきたことで終止したものの、
この余韻はとても大きなものになりつつあるらしい。

「なんせ、『おとなしくて口数少ない、あの倉田一』が、あんな口調で大声張り上げてたんだ。
 あれは、他のやつらにとっても、かなり印象的だっただろう」
美術部が終わってからの下校中、両手を後頭部にあて、鮮やかな赤みの橙を織り成す夕焼け空を見上げながら、
信は「ふっ」と短く息を漏らし、
「長年一緒にいる、俺ですらびっくりしたし」
と、付け加えた。
「あたしもビックリしたよー?いきなりあんなこと言い出しちゃうしさ」
そういう鈴は息切れしている。
部での活動では納得がいかなかったために、家で描こうと大きなキャンバスを片手に抱えて窮屈そうに道を進む鈴に見かね、
「持とうか?それ」
提案する信に遠慮なく「ありがとー!」とキャンバスをパスすると、軽々しく背伸びをして、
「それにしても、大丈夫なの?変に約束しちゃってさ。
 あれで谷村くんが犯人だったとしたら、とんでもないことになっちゃうよ?」
「そうですよ。一くんの立場がなくなっちゃいます」
不安そうな声を出して、僕の顔をのぞき見るのは、これまた不安そうに口をすぼめる尚である。
「大きく宣言をして、真犯人を見つけ出せなかったのならば、みなさんからなんて思われるでしょうか…」
このセリフの次に、僕の周りは静かになった。
三人とも、僕のことを心配してくれているのだろうか。
ここは安心させないとな。
「大丈夫だって」
推理小説ばっかり読みまくってるだけで探偵みたいな扱いをされたんだ。
一番不安なのは僕さ。頭にきて発したセリフは、大体口だけだというのが、悲しいことに現代の常識と化しているからな。
だけど……
「自信はないけど、なんだか、犯人を突き止められるような気がするんだ。
 それに、僕は谷村のことを信じる。谷村は財布を盗むようなやつじゃない。
 僕が信じなきゃ、他に信じてくれる人なんていないんだから」
三人は顔を見合せて、くすくす笑い出す。
え、何?そんなに変だったかな?今の。
「一くんらしいですね」
そうかな?
「俺たちも信じるよ、谷村のこと、一のこと」
「あたし達も協力させて!出来ることがあったらなんでも言ってよ!」
みんな……
「それにさ、俺、あの野次馬達に腹立ってきたんだ。
 最初は、俺には関係ない、と思って傍観してたけど、よく考えてみると、ありゃひどすぎるぜ」
信は、手を両腕のなかにしまい、腕組をしながらそう言った。
「私も、そう思いました。あれは、言いすぎです。
 友達っていうのは、お互いのことを知りあって、お互いのことを助け合うものですよね…」
尚の言葉には、冷えた目をして谷村を見下していたクラスメイトに対しての思いがぐっと詰まっていた。
「みんな友達、ではないのですか……?」

これが、僕たちの気持ちだった。
藤野や周りの野次馬達を見返してやるという感覚はさらさらなく、
とにかく、谷村の無実を晴らすことで、あの誹謗していた奴らが、少しでも自責の念をもってもらえるように、と思った。
友達とはなんなのか?人を軽い気持ちで疑うのはどういう意味を指すのか?
そして、他人に罪を擦り付けるということが、どんな結果を生み出すのか?
それらをみんなに訴えるため、僕らはなんとしても谷村の無実を証明しようと決意した。


  

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