「で、なんでこんな朝早くからなんだ?」
信が僕に問う。
確かに、事件自体は、そこまでせかして行動するほど急がなきゃいけないってわけじゃない。
「財布が盗まれたこと自体、確率が高いだけでキッパリとした断定はできない。
 もしかしたら、本当にどこかで紛失しているのかもしれない。
 だけど、みんなの目は確実に『谷村が盗んだ』って方向に進んでいるだろう?
 急がないと、谷村が盗んだことが肯定されて、一件落着になってしまうからね」
僕は、再び腕組をし、自分でもかなり無理のある提言をする。
「今日か明日。出来るだけ、今日までに終わらせないと……」

これは偶然だった。
僕も、ここまで予測できていたわけじゃない。というか、予想外だ。
「昨日『中鷏の財布が盗まれた』って騒いでた人がたくさんいたけど、財布がなくなったのは、ただの紛失です。
 盗んだ犯人をつきとめるだとか、消えた財布を見つけるだとか、変な深追いはしないように。いいね?人を疑うことは、あまりよくないことよ。
 あ、でも、もし中鷏の財布を見つけたら、すぐに先生に届け出てね」
2-3の担任であり、まだまだ新米の女教師、有山薫が、朝の連絡をするときに、ついでに付け足した言葉である。
危なかった。
「先生が忠告した後に調べ始めたら、責任は完璧に僕たちになっちゃってたとこだったよ」
1時間目の前にある15分休憩、三人はまた僕の机に集まって、話し合っていた。
「忠告の前から調査は始めてたから、俺たちの責任はまだ軽くなるはず、ってことか」
「なるほどね。それに、みんなだって、昨日の一の挑戦を聞いてたから、変に口出ししたり、先生にチクることもないってことね」
「みんな、僕に協力してくれるといいけど…」
「ところで、これからどうするのですか?一体、何を基準にして調べるのでしょうか」
僕は、自身の椅子から腰を浮かして、
「まず…」
「まず、疑われている者と、被害にあった者に話を聞かないことには始まらない、だろ」
信のほうを向くと、微量の嘲笑がまじったさわやかスマイル。
僕が言いたかった全文を言いやがった。
「……何でわかるの?」
「長い付き合いだからな」
理由になってないような気がするのだが……
「俺たちは俺たちなりに質問するから、一はその途中で気になることがあったら質問してくれ。
 挑戦権を持ってるのはお前なんだ。俺たちは、ただのサポーターでしかないからな」
信の言葉に、女二人は元気いっぱいの笑顔でうなずいて見せた。
本当、この笑顔に救われるよ。ありがたいものだ。
「……ああ、わかった。じゃあ、まずは事件に関連性のある人たちへの事情聴取といこう」

日が照りつける間の、中学生の一日は短い。
なぜなら、授業があるからだ。50分授業に対して10分の休憩時間。
幸いにも、今日は教室を移動する教科はない。教室の中なら、いくらでも調べられる、ってことだ。
「おーい、谷村」
教室の隅の席に、一人ぽつんと座って、ただボーっとしている谷村に、何度も声をかけて、ようやく返事が来た。
いつもは本の活字に走らせる熱心な目も、今では死んだようにかすみがかっている。
「ん?ああ、倉田か……」
谷村は、質量も気分も重々しい頭をゆっくりと上げて、
「なんかさ……周りがみんな、敵みたいに見えてくるよ。誰も話しかけてくれないし。やだな、こんなの……」
「大丈夫!あたしたちが本当の犯人暴いて、谷村にみんな土下座させて謝らせてあげるから!」
土下座はやりすぎだろ。
「谷村くん、もうすぐ一時間目が始まっちゃうからさ。時間がないの。少し話をしてもらっていい?」
「うん。僕のためにみんな…ありがとう…」
谷村は今にも泣きそうだ。昨日の涙とはまた別物なのか?これは。
「まずね、昨日、何で教室の鍵を先生に預けなかったのか。その理由を聞かせて?」
「えっ」
それまで泣きかけてた谷村の表情が、一変した。こりゃ何かありそうだな。
「う…それは……」
おどおどした態度を見せる谷村に見かねたのか、尚が、
「谷村さん、話してもらわなければ、私達は谷村さんの無実を晴らせて上げられなくなってしまいます。
 無理を承知でのことですが、話してください。お願いします」
「……うう」
谷村の重い頭がガクッと下がった。
僕らがじっと谷村を見続けているうちに、口をすぼめながらボソッとつぶやいた。
「…なくしたんだ」
「えっ?」
「鍵、どっかで落としちゃって、探したけど……結局、見つけられなかった」
……
「なんでそれを昨日言わなかったんですか!」
尚が叫んでしまうほどの仰天。
「だって、鍵当番が鍵を無くすなんて、知られたらどうなることか」
はぁ……思わず心の中で溜息をついてしまうね。
今の状況と比べて、どっちがマシなんだろうか。
「で、探したって、どこを探したのですか?」
「とりあえず、トイレに行くついでに、僕がグラウンドへ行くまでに通った所をもう一度通って見てみたんだ。
 そのときトイレに行って、教室の鍵穴に刺さってるかも、と思ってみたけど無くて、それでそのまま昇降口に」
ここまではジメ谷証言者と同じだな。
「それ以外は、どこにも行っていないんだな?」
「うん」
「最終的にどこで見つけたのですか?」
「えーとね、僕が教室に戻ってきたときはもう扉が開いてたんだよね」
ということは、
「誰かが、どこかで見つけて鍵を開けた、ってことになるな」
待て、よ。
「谷村が戻ってきたとき、他の人がどれくらい居たか、覚えてるか?」
「結構いたよ。倉田と渡辺くんも。僕が教室に入ったときに、ちょうどエプロン着た倉田とすれ違ったんだ」
ちなみに、2-3で着替えてるのは男子だけだ。
女子は、別の更衣室で着替えることになっている。
「僕と入れ違いになって、谷村が教室に入った瞬間に疑われた、ってことか」
「その後、一が重い白飯箱を持って戻ってきたところで、袋叩きに合ってた谷村に、助けを求められた、ってことだな」
そういうことだったのか……
ここで、チャイムが鳴った。
四人は急いで自分の席へ戻って、授業の準備をしていないことが先生に気づかれないように、そっと教科書を机から取り出した。

ここで、一つわかったことがある。
『運がよければ、誰でも盗めた』ということだ。
考えてみれば、運よく鍵を見つけてさっさと教室へ戻れば、鍵を開けて、あとは好き放題だ。
また、谷村は、体育が終わってから、直通で保健室に寄っていたんだとか。
くそ、谷村が鍵の紛失をカミングアウトして、なおかつ、もう少し早く、教室に戻ってきていれば、疑われることも無かったかもしれないのに……
また仕事が一つ増えてしまった。
鍵を拾ったやつを、見つけ出さなければならない。


  

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