二時間目が終わってからの僕らの行動は速かった。
まず、再び中鵑墨辰鯤垢に出向く。
本当は「鍵を持っていたやつを知っているか」と聞きたいところだが、
元々「谷村が鍵を持っていた」ことを前提に疑われているのだから、ほとんど意味がないと気づき、
「中鵑教室に入ってきたとき、他に誰か居た?」と尋ねると、
「ああ。えーと……教室にいたのは、三人かな」
という、ありがたい情報を手に入れることが出来た。
もっと複数存在するかと思ったが、絞れた数がたったの三人なんて、
鍵を開けたやつを突きつけてもらったようなものだからな。

次に、その三人の名前を聞き、彼らを教室の隅に呼び出して、取り調べることに。
「昨日、ここの教室の鍵を開けた方はいらっしゃいますか?」
三人は少し顔を見合わせて、
「まぁ……開けたのは俺だけど」
そのうちの一人、二木が手を挙げた。
とはいえ、こいつらは、いつもいつも三人で行動している。
鍵を開けたのは二木だろうが、それは同時に、三人が開けたということに相応するのだ。
つまり、鍵を見つけたのも、こいつらってことなのか。
「では、あなた方は鍵を拾ったのですか?」
「ああ、そうさ。落ちてたやつ拾って、2-3のだったから、そのまま開けた」
「どこで見つけたのですか?」
「えーと、どこだった?」
二木が、右隣の蓮田のほうに助けを求めると、蓮田はつまらなさそうな表情を表に出し、
「先生に預けた鍵を入れるためのカゴの近く」
…え?
「それって……グラウンドの中ですよね?」
……ああ、そうか。
谷村は『グラウンドへ行くまでに通った所』と言っていた。
「てことは、谷村はグラウンドの中を探してなかった、ってなるのかな」
鈴が、するどい所をついた。たぶん、それが正解だろう。
「それにしても……どんくさいな、谷村。
 グラウンドには無いだろうと高をくくって、結局グラウンドに探し物が落ちてるとは」
「鍵当番なんだから、ちゃんとしてもらわなきゃ、あたし達クラス全員にも迷惑かかっちゃう」
ごもっともだ。さすがにこの部分は、谷村に鍵当番としての責任が追及されるだろうね。
また、谷村が鍵を預けてないのにもかかわらず、先生が谷村に何も注意しなかったのは、
鍵がカゴ付近に落ちていたことで“鍵を預けている状態”だと察知したからなのだろう。
あれ?ってことは、何かが矛盾するような……。
くそ、一体なんなんだ。
頭にもやもやが浮かび上がるだけで、いまいち考えがまとまらない。
「ところで」
僕がだんまりしている間に、信が、ついに話を切り出した。
鍵を見つけ、個人で鍵を開け、教室に入り、誰もいない教室で、この三人は制服に着替えていた……
そして、中瀬の財布がロッカー内の鞄に入っていて、その財布には三万円もの大金が眠っていた、ということも聞いていたわけだ。
三人への容疑がもっとも濃いのは、明白である。
「お前らが財布を盗ったのか?」
「は?」
トリオの一人、冨士が、僕らに聞こえるよう、わざと大きく舌打ちをして、
「お前ら、何ほざいてんの?俺らが盗れるわけねぇし」
「それ、どういうことだ?」
冨士は、ぼさぼさと頭をかき回しながら、
「だって、俺たち、中鵑粒鵑涼罎忙伊入りの財布があることを騒いでたのは知ってるけど、
 教室に戻ってきたとき、盗るための時間の余裕なんてなかったし」
なんだと?
「そうなのか?」
「俺達が鍵空けてる間、別のやつらが鍵を開けるの待ってたし、鍵開けて少ししたら中鵑發呂い辰討てたし」
そうか……
くそう、僕は、鍵を開けたとき、その場にいたのが三人だけだったことを前提に調査していたのか。
真っ先に調べるのはそこだったろうに、何故そこに気づかなかったんだろう。
「それに、鍵開けたときにもし誰もいなかったら、俺たち真っ先に盗んでただろうよ」
そんな軽犯罪を未遂しそうなことを言い放ち、何かに気づいたように、冨士はまた舌打ちをして、一歩後ずさった。
冨士の視線をたどると、僕の隣で涙を一筋だけ流し、体を小刻みに震えさせる尚がいた。
「あなた方は……みなさんは、助けてくださらないのですか……」
これは目前の三人に訴えているのだろうが、誰も反応しようとしない。
どうやら、頭の上にハテナマークが浮かびあがっているようだ。この三人に代わって、対応してやるか。
「尚、何が言いたいの?」
「…あなた方が、カゴの近くで鍵を拾って……教室を開けたことを…昨日、谷村さんを責めていた方々に証言さえすれば……
 谷村さんは、あんな思いをしなくて済んだのですよ?」
尚は、谷村のほうを指差した。
谷村は、僕らと会話をして以来、教室にいるだけでもつらそうに、今までをやり過ごしていたようで、
尚の指の先には、その谷村が、今もなお顔を机と向かい合わせて、ちんまりと存在を示していた。
「私……谷村さんが気の毒で……あなた方は、何故昨日、自ら名乗りでて、谷村さんを救おうとしなかったのですか……」
震える尚の瞳から、もう一筋の雫が流れ落ちる。
これでもこらえているのだろう。口をすぼめて、弱々しく歯を食いしばっているのがその証だ。
それを見て、かすかな嘲笑を見せた蓮田が、
「だって、言ったらおもしろくないじゃん」
「え……?」
「あの状況で言えると思うか?言ったら、他のやつらから、俺たちがバッシングを受けるだろう。
 『せっかく、また面白いネタが生まれたところなのに、なにつぶしてやがんだ』ってね」
「そんな……」
「それに」
溜息をつく反動で、肩をすくめたように見えた蓮田は、こう続ける。
「それに、誰かに疑いがかかって、しかも皆がそれを責め立ててるんだぜ?
 谷村の泣き顔、面白すぎだし。そんないいネタを、自分から崩そうなんて馬鹿な真似はしねぇよ」
この言葉に、尚はついに黙り込んだ。
「もう返す言葉もありません」とか言うつもりなのだろうかと思いきや、急に下をむいて、走って教室を出て行ってしまった。
「あ!尚〜!」
そのまま、鈴も尚を追いかけて、たったと教室を後する。
僕らが、二人の残像を見ているかのように、開きっぱなしのドアを目線の先にして、立ちつくしていると、
「気をつけろよ」
後ろから、二木の声が。
振り返ると、もう蓮田と冨士はもうどこかへ姿を消し、そこには二木だけが残っていた。
「何を気をつけろって?」
「他のやつらの態度だよ。俺は別になんとも思ってないが、犯人探ししてるお前らを、ただ見て笑ってるやつもいれば、
 変人って定義して邪魔者扱いしてるやるもいる。気をつけないと、もしかしたら、このクラスに居づらくなるかもしれない」
ふと、二木の目の動きに合わせて、僕もそのほうへ目を追いやると、
わいわい騒ぐ教室のなかで、一際高音を撒き散らす女子グループと目が合った。
どうやら、こっちをずっと見ていたようだ。目が合った瞬間、急激に表情を一変し、顔をそらして、グループ内でのひそひそ話に言動が変わった。
その目は、何かを見下すような……そんな目だった。
そして、実感したのは、誰一人として、こっちの様子を見ようとしないということ。
興味がないから、という理由で見ていないわけではないのだろう。
何か、僕の心に突き刺さるような…そんな疎みのオーラを、2-3のクラスメイトが発しているように、感じ取った。
「せいぜい頑張りな。俺は、さっさと犯人を谷村に決め付けて、お前らの立場を保持するほうがいいとおもうけど」
そう言い残し、二木は背中を向け、この場から去っていった。
信、鈴、尚は、少なくとも有名人であり、人気者であるから、
二木の言う“居づらくなる”ことがあっても、クラス及び学校の居場所は確保できているはずだ。
だけど、僕は…?僕は、他の三人とは比較的、圧倒的に影が薄い。
そんな僕が、これ以上クラスから厭われたら……僕の存在は、誰にも感じてもらえなくなるだろう。
……………
これで、僕の気持ちは完全に固定された。
それは、覚悟という名の勇気。
「……信、なんとしても捕まえよう。僕らや谷村を陥れようとする犯人を」
「ああ、当然だ。こんな薄情なクラスなんかに、言わせたままにしてたまるか」
僕は、戦い抜く。何があろうと、逃げ出しはしない。
だけど、いつのまにか、僕の敵は藤野だけでなく、2-3に属する生徒全員に拡大してしまったようだ。
こんな逆境だからこそ、僕らの調査は、さらに不利な方向へ進んでゆく。
かなり近いところまで、犯人の目星をつけることが出来たのに、それらはすべて撃沈した。振り出しに戻ってしまったわけだ。

僕は、どうすればいいんだ……?

どうすれば、本当のゴールにたどり着くことが出来るのだろうか?
考えれば考えるほど、焦りが生まれてくる。30人の冷ややかな視線が、僕を、どんどん追い詰めていった。


  

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