「先ほどは、どういう意味だったのですか?」
四時間目が終わり、昨日のごとく、僕がエプロンをつけている間、僕は三人に説明をしていた。
「昨日の鈴の言葉を思い出したんだ」
「あれ?あたし、何か言ったっけ?」
「言ったよ。ものすごく重要なこと」
僕は、机の上の三角巾を手に取り、
「鈴は、僕の『何故谷村が疑われているのか」って質問に答えてくれた。
 そのとき、鈴は二つ、理由を挙げたんだ」
「えー?なんだったっけ?」
「一つは『先生に鍵を預けないまま、校舎の方へ向かった』ということ」
そうだ。ここに違和感を感じていたんだ。
僕は、ついさっき矛盾を見出していた。その答えがこれだった。
しかし、矛盾の真相がまだ確定したわけじゃない。ここはまだ黙っておくべきか。
「そして、もう一つ。『谷村は鍵を閉めるため、最後に出て行く』ということ」
「……あ〜、言ったような気もする」
鈴は、苦笑いをして、頭をかいた。
「僕は、谷村の無実を証明するため、前者のほうしか調べてなかったんだよ。
 後者のことをすっかり忘れていた。僕としたことが……」
「え、でも、谷村が無実であることには変わりないんでしょ?」
「いや、一がそれに気づいた時点で、谷村の無実は消えた」
「ええ!?なんで、なんで?」
「谷村の無実は、とある証言から成り立っていたのさ」
ここでいう、ジメ谷証言、だな。
「その証言は、谷村がトイレに行った時、すなわち、校舎にいた時限定だ。
 今、一によって、犯人が授業前に盗んだ可能性が提示された。そうなりゃ、谷村の無実はおろか、」
「絞った容疑者も、すべて振り出し、というわけですね」
僕は静かにうなずいた。
「え〜!じゃあ、今まで調べてきた意味無いじゃ〜ん!」
「意味はありますよ、鈴」
「え〜?どんな?」
「今まで調べてきたからこそ、ここにたどり着いたんです。
 それに、元々可能性は二つあったのですから、その一つに答えがないと証明することに成功したんですよ。
 残りの一つに答えがある、ということがわかっただけで、いいじゃないですか」
「まぁ、そうだけどさぁ……なんだか、脱力しちゃったな〜」
尚は、どうやら元気もやる気も取り戻したみたいだ。
だけど、その反動なのか、鈴が……
「鈴、犯人を土下座させるんじゃなかったのか?」
「え?」
「鈴だって、この事件の犯人、許せねぇんだろ?そんなことでうじうじしないで、ささっと再調査すればいいだけのことさ」
「そうです。いつもの鈴らしくないですよ」
「……そうだね!よし、いっちょやってやるか!」
ほっ。さすが、立ち直らせる方も素早いし、立ち直る方も素早いな。
改めて、このメンバーの相性の良さを感じる。
このメンバーに囲まれて、僕は幸せ者、だな。
まぁ、再調査のほうも、なんとなく犯人の目星はついてきたから、そこまで面倒なことはないだろう。
後は円滑に事が運んでくれればいいが……

芦屋は、いつも藤野にくっついているやつで、
それなりに明るく振舞っている、元気のある男子の一人だ。
本当は結構気弱ならしく、虎の威を借る狐、というにはちょっと違うが、
藤野と一緒にいるからこそ、そういった性格になれるんだとか。
給食、掃除と、滞りなく済ませた僕らは、
芦屋が一人でいるタイミングを見計らって、芦屋に接近した。
「芦屋、ちょっといい?」
「何か用?」
「昨日のことについて、ちょっと協力してくれないかな?」
「ああ、いいよ。藤野がもうすぐ戻ってくるから、それから……」
「いや、芦屋一人でいいんだ」
「あ、そうなの……」
この言葉に芦屋は少しオドオドしながら、僕らと共に教室外へ移動した。

教室にいたら、いずれ藤野が戻ってくるだろう、と考えた。
芦屋は、勝手に藤野とくっついているようなものだから、
今日だけ藤野の近くに芦屋がいなくても、藤野はそこまで気にしないだろう。
その証拠に、昨日の一件で、芦屋は藤野の近くにいることなく、人ごみにまぎれていたが、
藤野はそんなこと、気にもかけなかった。
芦屋は、はしゃぐのは好きだが、ああいう争いごとが嫌いだからな。
あまり人通りが少ない廊下の一角に芦屋を配置させ、芦屋を不安にさせない程度に距離を置いて、対面するように立った。
「さて、と。大体犯人はわかってるんだろ?一は」
「え?ああ、うん。まぁね」
「嘘!?もうわかってるの?すご〜い!」
「いや、まだ確証は無いんだけど……」
「今から、確証を得る、ということですね?」
「うん。でも、どこから手をつければいいのか……」
「……ま、手当たり次第探ってけばいいんじゃねぇの?」
「そうだね」
意気込むための溜息をつき、芦屋のほうを振り返る。
「じゃ、知ってることだけでいいから、話聞かせてね」
「うん、いいよ」
「あ、あと、このこと藤野には内緒だから、よろしく」
「オッケー。黙っとくから、安心して」
よし。
「じゃ、あとは一に任せるから、思う存分、情報収集してくれ」
「わかった」
さて、どこから手をつけようか……
「うーんと……昨日の四時間目、休み時間からの芦屋と藤野の行動を教えて」
芦屋は、思い出すそぶりをしながら、
「俺らが教室を出たのは、本当に一番最後だったんだよ。先生に呼ばれてたから、他のやつらより着替えるの遅れちゃって」
「誰先生?」
「児嶋先生。野球部のことについてさ」
ああ、そういえば、芦屋と藤野は両者とも野球部所属だっけ。
「……で、教室に戻ってきて、着替えてる途中に、中鵑何か言ってなかった?」
「ああ、言ってた言ってた。財布がどうのこうの、って」
財布のことを聞いている!
芦屋が聞いてるなら、藤野も聞いているはずだ。だんだん犯人の線が濃くなっていく……
「最後の最後に出て行ったのは、芦屋なの?」
「いや、最後は藤野だった。忘れ物したとか言って、一旦教室出たのに、鍵閉めようとしてた谷村を退けて、また教室に入ってった」
うわ、これはほぼ確定じゃないか。
いや、でも、これではまだ盗んだことにはならない。油断するな。
「そのとき、何か変わった行動とか、なかった?」
「いや、特には。自分のロッカーのところで、見学者用のレポート用紙取り出して、戻ってきただけだから」
「それ、芦屋も見てた?」
「うん」
自分のロッカーからレポートを抜いただけ……か。
この学校のロッカーは、名前はロッカーといえども、扉なんて存在せず、
どっちかといえば棚と言ったほうが想像しやすいかもしれない。
教室の後ろに設置されていて、四段十列の計40箇所スペースがあり、ロッカーだけで教室の横幅をいっぱいにとっている。
生徒が使うスペースは、出席番号順で左上から縦に振り分けられ、
僕の出席番号は7番だから、二列目の上から三段目を使っているわけだ。
「自分のロッカー以外の方向には行かなかったの?」
「行かなかったよ。行く必要ないし」
元々、財布は中鵑粒鵝△弔泙螢蹈奪ーの中にあった。
藤野がロッカーに移動してるのは怪しいが、自分の所だけにしか行ってないとしたら、それはつまり……
いや、今はとりあえず情報収集だ。深く考えるのは、その後にしよう。
「そういえば、藤野は気分が悪いって理由で見学したんだっけ」
「ああ、そうだった、そうだった」
「気分が悪いって言い出したのは、いつから?」
「二時間目が始まる前、くらい。二時間目の前半は、保健室に行ってたし」
あれ?そうだったのか。
普段、藤野のことなんか気にしてないから、そんなこと気づかなかった。
あ、でも、そしたら、一つおかしなことが……確認しとこう。
「てことは、昼休み頃には、もう元気になってたよね?」
「え?いや、昼休みもあんまり気分よくなさそうだったよ」
え?
「いつも俺ら、グラウンドでサッカーとか野球とかして遊んでるけど、藤野だけ、グラウンドへ降りる階段で休んでたし」
これでは、おかしい。つじつまが合わないじゃないか。
「あ、じゃあ、部活は?部活のときは、さすがに……」
「いや、部活のときも、キャッチボールくらいで、激しい運動はしてなかった」
一日中体調が悪かった、ということなのか……
「そもそも藤野って、野球部の中で活躍してるの?」
あえて、後ろの信に尋ねてみる。
「ああ、あいつ、俺の次に足速いから、よく盗塁に成功するらしい」
「藤野は、小学校の頃から盗塁が得意なんだ。
 藤野の盗塁で、いつも点が入りやすくなるんだよね。すごくチームに貢献してるよ」
藤野って、そんなに足速いのか……
昨日は見学してたもんなぁ……一度、藤野の走りを見てみたい気もする。
「ただ、俺の打席が藤野の次だから、俺自身はあんまり目立たないんだけどね、はは」
芦屋が、悔しさ交じりで冗談っぽく言う。
情報収集はこれくらい、か?
まだ聞き足りないような気もするが……なんだ、他に何が必要なんだ。
ここは一度、ダイレクトに聞いてみるか……
「最近、藤野がお金に困ってるような愚痴とか、漏らしてなかった?」
「ああ、昨日言ってたよ」
え!?
こんなにあっさり動機が発覚していいのだろうか……
「なんて言ってた?」
「保健室に行く途中なんだけど、『この前、友達に金貸しちまってさ〜、今まずいんだよな……』みたいなこと」
友達に金を……
そんな、自分の状況がまずくなるほど貸す友人って、よほど信頼してるんだな。
そして、この証言によって、藤野が財布を盗む必要性が提示されたことになる。
「……そのこと、僕らに話していいの?」
「え、なんでいけないの?」
……こいつ、僕らが藤野を疑ってることに気づいてないのか?
意外と鈍感なやつだ。
これなら、はたから聞けば疑ってるように聞こえる質問をしても、芦屋はなんら疑問に思わないだろう。
……よし、賭けてみようか。
「じゃあ、昼休みとか部活とか、藤野に不自然な行動や変化は無かった?」
「え〜?……いつもより元気なかったぐらいしか……」
だろうな……
他人のささいな変化なんて、髪形変わったこと以外、あまり気づかないもんだ。
「ああ、そういえば」
まさか、何か気がついたか?
「不自然なのかわかんないけど、昼休み終わって教室戻るとき、藤野の手が泥だらけだったよ」
「泥だらけ?」
「うん。俺ら、昨日はサッカーやってたから、手は使わないし、そもそも藤野は参加せず見てただけなのに、泥だらけだった」
それは……超をつけていいくらい不自然だな。
手を使っていないのに泥だらけ……何か意味があるのだろうか。
「ありがとう。お陰で、財布を盗んだ犯人に、また一歩近づけた気がするよ」
「え?あ、まさか、藤野を疑ってるんじゃ…」
「藤野には内緒にしてくれるって約束してくれたよね?」
「え、ああ、まぁ……」
「破ったりでもしたら、この人たちが許さないってさ」
いきなり指名された三人が、「えっ?」という仕草をした。
おいおい、少しは空気読んで欲しいんだけどな。ちょっとむりゃ振りだったか。


  

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