「本当によく出来ている。だけど、そこまで言うんなら、俺がやった証拠は?
 俺、始めっから言ってるじゃんか。証拠見せろよ」
そうか、藤野には証拠が必要だったっけ。
「証拠はないよ」
「何?」
「今から出来る。藤野、お前が手で隠してるその穴は何?」
藤野は、パッと手をどける。
「ああ、これ?これね、俺のボールをふざけて埋めたやつがいてさ。掘り返してたんだ」
ふざけるな。中はどうせ、財布だろう。
「信、よろしくね」
「まかせとけ」
「ちょっと、どいてもらうからな」と、信は力ずくで藤野をその場から引き離し、
その少し掘り返してある穴、またその周辺を、手で念入りに掘っていく。
それを、藤野は制することも無く、ただじっと見ていた。
おかしい……普通なら、そこに財布が埋まっているなら、信を止めるはずだが……
「一」
「どう?あった?」
「野球のボールしかない」
……え?
「う、嘘?」
「いや、どう探しても、これしかない」
まさか、藤野……あらかじめ、こうなることを予測して……?
いや、藤野に限って、そんな先にことを想定することなんて、出来るはずが……
「ははは、どうしたの?証拠ないんなら、俺を盗人にすることはできないよな?」
くそ、やっぱり、藤野に状況証拠だけで勝とうなんてのは、考えが甘いんだ。
でも……地面に何もないとなると、物的証拠は……
あ、待てよ……地面に財布を埋めたことは確実なんだ。その財布が地面にないんだったら……!
「じゃ、俺、帰るから」
やばい!走って逃げた!
「鈴!とっつかまえて!」
「わかった!」
まもなく、走る藤野に追いついた鈴が「どりゃー!」という掛け声と共に放ったタックルに、
あっさり藤野は転倒し、制服のポケットから財布が出てきた。
やっぱりだ。僕らが来る前に、藤野はもう掘り返し終えていたのか。
「素直に渡せばいいのに〜」
鈴は、砂だらけの財布をぱっぱと掃い、僕に渡した。
「これが証拠だよ。これ、中鵑虜睇曚世茲諭」
中鵑妨せる。中鵑蓮外見だけを見て、
「ああ、確かに、これは俺の財布だよ」
これで決まったな……
「ああ、いやいや、ごめんごめん、それ、俺の財布なんだ」
……は?
「いや、まさか中鵑箸なじデザインの財布だったとは。偶然だな」
こいつ………!どこまで食い下がる気なんだ!
「それ、中鵑里犬磴覆て俺のだから。返して」
藤野は、何事も無かったかのように立ち上がり、僕が持つ財布に手を伸ばした。
何か……何かないのか!
藤野を完璧に追撃する、最後の切り札は!
………………
あ、そうか……
「もしかして……お前、知らないの?」
「えっ、何を?」
「財布、開けさせてもらうよ」
ファスナーの音が、この状況を逆転する音になるとは、
藤野はこれっぽっちも思ってないだろう。
どうやら、藤野は財布を盗んでから、一度も財布を明けたことが無かったようだな。
僕は、静かに財布を開ける。
「……やっぱり」
中に、生々しい全裸の女性が、ソファーに寝転がっている写真が貼ってあった。
中鵑侶擦気鵑離ぅ織坤蕁帖脹された最後の切り札……
これで、終わった。
「お前、財布にこんなもの貼り付けてたんだね」
藤野の目の前に財布の中身を見せ付けると、予想通りのリアクションが返ってきた。
「!……なんだ!これ!?」
「見せて〜、一」
鈴は、僕の手から財布を取り上げる。
鈴が、他のやつらにもその切り札を公表すると、みんな怪訝そうな顔になった。
尚だけが、見た瞬間に目を手で覆い、首を横に振っている。
……何を表したがってるんだろうか。
「これじゃ、先生に預けるのも危ぶまれるな……」
「これはちょっと危険だね〜」
そう言いつつ、一番じろじろ見てるのは鈴なんだけど。
ま、いいや。後ろの反応は後ろに任せて、気にしないようにしよう。
「あの写真、中鵑里兄さんが、一昨日イタズラで貼ったものなんだよ。
 写真があったせいで、中鵑郎睇曚鮴萓犬僕造韻蕕譴覆ったんだ。
 誰かに見られたらとんでもないことになるけど、よかったね、地面に埋めてて。
 ちょうど、あんなものが貼られてたんだから」
藤野は体をわなわな震えさせ、膝をついて地べたに座り込んだ。
「くそ……うまくいったと思ったのに……そんなものがあったなんて……」
「犯罪に、うまくいくことなんかないよ、藤野」
「くっそぉ……」
しばらく、こぶしを力いっぱい握り締め、やがてガクッと肩を落とした。
気持ちが落ち着いたのか、体の力が抜けたようだ。
「なんで」
後ろで一生懸命写真をはがそうと努力する鈴の横で、ぼそっと谷村がつぶやいた。
「なんで、こんなことしちゃったの?なんで、盗まなきゃいけなかったの?」
顔を上げた藤野が、ふっと溜息をついて、
「友達に金貸してんだ。そしたら、俺のほうがピンチになってきてさ……困っちまったんだ。
 そんなとき、中鵑財布に何万も入ってるって聞いて……気がついたら、盗むことしか考えてなかった」
「そんな……自分の身が危なくなるくらいお金を貸すなんて……」
「仕方ねぇだろ。大切な友達なんだ。あとで絶対返してくれる。今だけの辛抱なんだよ」
藤野………
気づいてないのだろうか。言ってることが矛盾している。
見てるだけで痛々しい。やっぱり、楽にさせてあげるのは、僕の役目なのだろうか。
「藤野。本当は、苦しいんでしょ?」
「え……?」
「藤野の行動、おかしいんだよ。さっきも言ったけど、体育の後にあれだけ元気に騒いでおいて、
 財布を隠すために、昼休みも仮病を使ったことはわかる。だけど、部活まで仮病を使う必要はないよね」
「あ……」
「それに、元々犯行を思いついたのは、突発的なはずなんだ。
 着替えてる途中に、大金が眠ってることを知ったんだから、計画性はまるでゼロ。毎度、その場しのぎの行動だったはず。
 だけど、二時間目に、体調不良で半分抜け出している。どうも不自然に感じるんだよ。
 部活を含めて、ほぼ一日中体調が悪いという形の中で、あの騒ぎのときだけ、異様に元気だったんじゃ、おかしいでしょ。
 今言ったことだって、いつか返ってくるお金なら、財布を盗む必要なんか、これっぽっちもない」
僕の推理が正しければ……
「藤野、その友達に脅迫されてるんじゃないの?」
全員の驚きがひしと感じ取れた。構わず、続ける。
「さっきもそう。藤野は、信の次に足が速いはず。なのに、女子最速の鈴に、簡単に追いつかれていた。
 今日の体育は100m走だったし、部活だって、キャッチボールは普通に出来ていたそうだね」
僕は、丸くなった藤野の目を見続けながら、
「盗塁、小学校の頃から得意なんだよね。もし、その友達が小学生の頃からの知人なら、
 藤野が脚を大切にしてることぐらい、知ってるはずだから」
「あ……藤野さん、脚を見せていただけませんか?」
藤野は、尚の言葉に、おそるおそる右足のすそを捲り上げていく。
そこにあったのは、見てるこっちにも痛みが伝わってくるような、脚の傷跡だった。
「これは……ひどいですね………」
「暴力を振るわれ、どうしようもなくなった藤野は、親の金をくすねるか、
 友達の金をくすねるかしてでも金を渡したんだ。
 そして、このことをばらしたら、また押しかけるぞ、とでも念を押されたんだろう。
 100m走なんか走ったり、野球部でいつものように盗塁を期待されて失敗でもしたら、
 脚のことが疑われて、脅されたことを言わざるおえなくなるから、二時間目から仮病を使って、休もうとしたんだね」
……………
しばらく、沈黙が訪れた。
僕の推理は正しかったようだ。この藤野の反応から、すぐわかる。
「……倉田」
「何?」
「さすがだな、倉田。すげぇよ。完璧に俺の負けだ」
藤野は、僕に諦めた笑いを投げかけた。
「負けとか言ってる場合じゃないよ。詳細、教えてくれる?」
空を見上げ、藤野は語り始めた。
「倉田の言うとおり、脅迫されたよ。
 この前、小学生の時、一番仲が良かったやつから連絡が来たんだ。
 そいつ、卒業と一緒に引越しちまってさ。連絡来たとき、懐かしかったんだ。
 会ってみたら、風貌も、口調も、何もかも変わってた。
 それで、用件聞いてみたら、『金貸してくれ』って言ってきてさ。
 もちろん断った。そいつの変わった姿を見て、愕然としたから。
 そしたら、あいつ、いきなり暴力ふるってきて、
 『次断ったら、脚を使えないようにしてやるよ』って脅してきた。
 それでも頑なに断った。金貸すのは好きじゃないからね。
 それが、このザマだよ」
藤野は、あらわになった脚の傷を指差した。
「急に怖くなって、すぐに持ってきますって言っちまって、
 急いで金作らなきゃと思ったとき、親のたんす貯金に手をつけて……」
「たんす貯金の穴を埋めるために、盗んだわけだね」
「そう。……ごめんな、中鵝
「あ、いや、俺は別に、財布と全財産が戻ってきたらそれでいいから」
これで、藤野もすっきりしただろう。
自分自身で悩んでいたことも公に出来たし、まだ言葉だけだが、今、被害者に謝ることができた。
しかし、どんなに気の毒に思える藤野でも、犯した罪は消えることはない。
「じゃあ、俺を警察につき渡してくれ。それで罪を償うよ」
「いや、どうやって罪を償わせるかは、谷村に決めてもらえばいいよ」
「谷村に……?」
急に、谷村の名前が挙がったことに、谷村は驚きを隠せず、何故か半歩後ずさった。
「え…僕が?」
「谷村は、藤野から罪を擦り付けられたんだよ?一番の被害者は、谷村じゃないか」
「……いいの?僕が決めちゃって」
「いいよな、藤野」
「ああ、いいよ。谷村には、迷惑かけちまったから」
困った顔をした谷村は、目を閉じて考えにふけ始めた。
長い時間が、橙色の夕日を少しずつ沈めていき、周りはだんだんと暗みが深くなっていく。
夕日が完全に山の後ろへ隠れたとき、谷村のまぶたが開かれた。
「じゃあ、僕の言うとおりにしてもらうよ。
 全部、丸く収まる方法を思いついたから。これでも、十分、罪滅ぼしになると思う」


  

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