「きよしこの夜にこだわる訳は2つある。」
帰りのバスの中で、祥は優花に話し始めた。
「まず、優花は知らないかもしれないけど、
 俺たちがあの場所で寝始めたとき、きよしこの夜が流れてたんだよ。」
「うん。」
「記憶喪失を直すには同じ状況を作り出すって言うだろ?
 だから、きよしこの夜を聞きながら、一緒に寝る。」
「…なるほど。」
それと、と祥は続け、
「今、俺たちの周りの状況は、『静かな夜』つまり、『Silent Night』だ。」
優花はそれなりの相槌を打つ。
「きよしこの夜って、Silent Nightっていう歌の日本語訳なんだよ。知ってた?」
「ううん、知らなかった。」
「だから、きよしこの夜を聞きながら寝てしまったから、Silent Nightの世界に引きずり込まれたっていうことかもしれない、と思ったわけ。」
優花は感心しながらも、
「そんなにうまくいくかなぁ。」
「でも、少しは行動に移さないと帰れないだろ。」
「だね。」
少し間をおいて、
「やってみよっか。」

優花の承諾を受けた祥は、自分の部屋にあるラジカセにきよしこの夜をセットし、スイッチを入れた。
ラジカセによって、クリスマスの雰囲気がかもし出され、時計で時間を確認した後、二人はベッドに入った。
「……何だよ。」
祥をとろんとした目でじーっと見つめる優花の横で向かい合わせて横になっている祥は、その優花の顔をじっと見つめていた。
「こんなこと初めてだから、眠れなくて……」
「さっきはすぐに眠ったくせに。」
「あの時は、祥は隣にいたでしょ?でも今は向かい合わせだから、祥の顔がこっちを向いてて……」
「心臓の鼓動が速い、とでも言うか?」
「うん、そんな感じ。」
祥は見かねて、
「目を閉じればすぐ寝ちゃうよ。」
「うん。」
言うことを聞いて目を閉じた優花は、言葉通り、すぐに眠りについていった。
「……心臓の鼓動が速いのは、俺も同じさ。」
そう言い残し、きよしこの夜しか聞こえないクリスマスイブの部屋で、祥も眠りに入っていった。


  

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