「よう」
いつもの信の挨拶が、僕の耳に空気の振動として伝わってきた。
人数少ない教室に、朝早く登校してきたのは、信、鈴、尚の三人だ。
「一くんだけ先に行ってしまうなんて、今日は何かあったのですか?」
僕は、自分の席に座っていた。
ただ、いつもと違うのは、一人でひっそりと本を読むことなく、
腕組をして三人が登場するのを待っていたというところだ。
普段なら、僕たちは中央公園で待ち合わせをして、四人で登校している。
「ちょっとね。調べたいことがあったから」
「あ!もしかして、谷村の濡れ衣を晴らすための?」
鈴は悔しそうに机をバシバシ叩きながら、
「もー!一人だけじゃズルイよぉ〜」
「まぁまぁ。遊びじゃねーんだからさ」
ほっとけば、くるみ割り人形にでもなりそうな鈴を、信は落ち着かせ、
「で、何を調べてたって?」
「谷村の無実だよ。まずはそこから始めなきゃ、何にもならないでしょ?」
「んー、まぁ、確かに」
鞄を置きに自分の席へと向かった尚が、こっちを向いて、
「何か、わかったのですか?」
目をじっと向けながら言う。
「あ、うん。とりあえずね、」
他の二人も鞄を置きに行ったその間に、僕は改めて椅子に座りなおし、
パタパタ駆け寄ってきた三人に向かって、調査報告をした。
「谷村が、本当にトイレだけでグラウンドに戻ってきたかどうかが明らかになれば、少なくとも谷村が犯人ではないことが判明するでしょ」
「確かに、そうですね」
「だから2-2の廊下側の席の人に聞いてみたんだよ」
「何を?」
唯一わかっていない顔をした鈴を見て、僕が信と目を合わせると、薄笑いをした信が答えた。
「……谷村が、トイレ以外にどこかへ行くそぶりを見せていたかどうか、だな」
「そのとおり。2-2はトイレと廊下を挟んだところにあるから、トイレに行ったかどうかが一番よくわかるってこと」
「ということは、その方に聞いてみたところ、谷村さんはトイレから出た後は2-3へ向かわなかった、とおっしゃったわけですね?」
「うん。授業が簡単すぎて暇で暇でしょうがなくて、よそ見してたら谷村を見かけたんだって」
そういや、そいつも嫌味な口調で言ってきたんだよなぁ。
『いやぁ、授業が簡単すぎたんでね。ここは別に解説を聞かなくても良いかなと思って、
 肘を突いて廊下のほうをよそ見していたところ、あのジメ谷くんが、体操服のままトイレに入っていったんだよ。数分経って出て行ったけど。
 あ、ジメ谷くんとは1年の頃、同じクラスだったもんだから。閑静で本ばっかり読んでて、地味でジメッとしてたから“ジメ谷くん”って呼び名なんだよ。
 僕だけの呼び名だけどね。ふははは。今の今までジメ谷くんの名前を忘れていたよ。やっと思い出せた。ありがとうね』
そのときは貴重な情報だったから、集中して聞いていたけど、今思い起こせば、よく喋るやつだった。
聞いてて腹の底からイライラしてたし。……こいつの言うことに信憑性あるのかなぁ?
でもまぁ、しょうがないか。谷村を見かけたやつは、こいつ以外にも何人かいたけど、細部まで見てたのはこいつだけだったからな。
「あぁ、ただ、トイレから出てきたあと、一度だけ2-3のほうを曲がり角から覗いてたらしいよ。すぐ昇降口に戻ってったみたいだけどね」
「ふぅん。……で、結局そこから何がわかるんだっけ?」
鈴が頭をおさえがら言った。大体のことはわかっても、重要なところをおさえられてないみたいだな。
「昨日、谷村は『トイレに行っただけ』って言ってたでしょ。それなら『トイレにだけ行ってた』っていうことを証明すれば、谷村は無実ってことになるわけ」
「つまりですね、2-3の教室の中鵑気鵑粒鵑忘睇曚脇っているのですから、2-3の教室に谷村さんが行っていないとすれば……」
鈴は、尚が説明を途中で止めたことに気づくと、大声で叫んだ。
「谷村が盗んでないってことになるのか!」
「そういうことです」
尚は、やっと正しい解答を導き出した鈴に癒しスマイルを振りまく。
続けて、信は肩をすくめ、
「でも、これはあくまで序章だ。谷村が犯人でないことがわかっても、真犯人が誰だかわからなきゃな」
「……はぁ〜い」
信の言葉に、鈴はぷうっと頬に小さな膨れを作った。
この仕草も、男にとっては魅力のある仕草だとか。知るか、んなもん。
四人で行動してるときは、こんな状態になるのはしょっちゅうだ。もう慣れてるってことなのかな?
「それでも、とにかく、谷村が犯人でないことがわかったんだから、これは一歩前進だよ。真犯人探しも、やりがいがあるってことだしね」


  

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