ふと、祥は目を開けた。
専門店街通りに施されているクリスマスの飾りの下で、
人々がせわしなく動いている光景が目に映った。
左肩に頭を乗せて安らかな寝息を立てている優花を横目で見つつ、
袖を捲り上げ、腕についている時計を覗き込んだ。
9時4分。さっきから10分も経っていない。
「こんなに早く目が覚めるとは……」
祥は、目をこすりながら、小声でつぶやいた。
その自分の声が耳の中に入ってきた瞬間、
朦朧だった意識が一気に回復し、この異変を感じ取ることが出来た。
周りはこんなに人がいるのに、クリスマスソングが、店内全体を包んでいるはずなのに―

すべての音が、聞こえなくなっていた。

自分の声だけは聞こえた。祥は、ためしに声を上げてみた。
頭でわかっている音ではなく、ちゃんと耳が音を拾い上げ、聞こえている。
手も叩いてみたが、何度やっても耳はクラップ音を拾わなかった。
「……どうなってんだ、これ…?」
他に試すものは無いか、周りを見渡した祥は、隣ですーすー眠っている優花がいることに気がついた。
「おい、優花!優花!」
優花の体を揺さぶると、気持ちよさそうな顔に変化が起きた。
「う、うぅ〜ん…」
「優花!俺の声が聞こえるか!?」
思わず肩をつかんでいる手に力が入った。
「な、何?そんな恐い顔で大声出して。」
優花は声はびっくりして、大きな目を見開いた。
「優花の声は聞こえる……優花は俺の声、聞こえるか?」
「も、もちろん。」
と言うと、びっくり顔が急に疑心顔になり、
「…あれ?なんだか周りが静かだけど……どうかしたの?」

「優花も何も聞こえないのか?」
フロアの中心にあるベンチの上で、祥は逆に問いかけた。
「えっ、祥も?」
上の文に同じ。
「目が覚めたときから、俺と優花の声以外何も聞こえないんだ。」
「私も、自分の声と祥の声しか……」
不思議な現象を確認しあったとき、二人はともに震え上がった。

「優花の声は聞こえるんだから、別に耳が悪くなったわけじゃないな。」
祥は腕組をして、
「何でこうなったんだ?うたた寝したのがいけなかったのか?」
「わからないけど、早くこの現象から抜け出して、もっと買い物しようよ。」
「ああ。」
しばらく考え込んだ後、祥は組んでいる腕をほどき、
「とりあえず、ここで考え続けても何も変わらないだろうから、一度外に出てみようか。外の音は聞こえるかもしれないし。」
「うん。」
二人は立ち上がり、手をつないで歩き出した。
互いの不安を、互いに打ち消すように……。


  

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